中國社會では「服が被る」という流行語があるが、春節を祝う動畫を見ると無數の中國人が楽しそうに新年を送っているが、「服が被る」人が非常に少ないことが分かる。
卓球米國代表は1971年4月に広州市を訪れた。彼らがまず目にしたのは、中國人が藍色もしくは灰色の服を著用し、同じような自転車に乗っている光景だ。ところが今日、中國人のファッションには激変が生じている。
中國は依然として世界最大のアパレル製造國の地位を保っている。アパレル市場は多元化し、個性的になり、目まぐるしく変化している。これは中國経済の最大の変化の一つでもある。筆者は春節中、広州市の「製衣村」と近くの國際軽紡城を訪れた。多くの店が年越しで閉店しており、「製衣村」で仕事?生活する人々も帰省していた。ところが村全體と市場の規模を見ると大きな衝撃を受けた。
中山大學南キャンパス付近の康楽村は大規模な「製衣村」で、1平方キロメートル弱の土地に1萬軒を超える小型縫製工場がひしめき合う。付近の軽紡城は4000店以上で、主に紡績品の生地と補助原料の卸売を行う、アジア最大の紡績品卸売市場だ。ここで働く労働者の多くが湖北省出身だ。彼らは技術を理解し、勤勉で、変化に対応できる。通常は24時間內に少額の注文に対応する。この驚異的な出荷ペースは、小ロットへの対応により高評価を受ければ追加発注を受けられるという、サプライチェーンのモデルを支えている。
當然ながらこれには周辺の整った関連サプライチェーンやネット通販サイトと、全國や世界に屆ける物流のサポートが必要だ。この整った生産體制は長年に渡り、中國の主要製品である紡績品を世界に屆けている。一部の中國アパレルメーカーは生産コストの高騰により他の國や地域にシフトしているが、広州のこの衣料品生産モデルを移すことはできない。世界ではこれを「コピー」できる國や地域が存在しない。
「製衣村」の最も大きな強みはその柔軟性で、世界各地の衣料品に対するさまざまな需要に適応でき、3-5著だけであっても受注できる。米メディアは以前、次のように報じた。米國の多くの若い女性は毎週パーティーに參加し、毎回違う服を著なければならず、他人と被ることを嫌がる。コストパフォーマンスが高く変化のある衣料品はネットで購入するしかなく、さらに早く屆けて欲しいならば中國の衣料品メーカーしか対応できないというのだ。
「城中村」の生存環境は常に現地政府の懸案だ。この生産モデルを維持した上で、労働者の生活?生産環境を改善し、生産の質を全體的に高めるにはどうするべきか。広東省にはすでにそのプランがある。計畫によると、この一帯の城中村は改修される。生産體制全體を広州から北に70キロ以上離れた、新たな生産拠點を構築済みの清遠に移す。政府は最低月給8000元を保証する補助制度を採用。団地では同時にトレーニングを実施し、未経験だがアパレル業界に入り生産技術を學びたい労働者を集め、3年で20萬人の縫製技術者を育成する計畫だ。
このような大規模な移転は成功するだろうか。ある人はこれを「心臓移植」と例えている。1軒の小さな工場の移転は1世帯の移設だけではなく、生産チェーン、サプライチェーン、物流なども含まれ、一つの體制を再構築する必要がある。広州の衣料品業界で生じている変化は、中國経済の高度化の難易度を示している。多くの中小商品の生産で、中國は似たような挑戦を迎えている。
高品質発展は半導體などの進展だけではなく、これらのミドル?ローエンド製品の生産の高度化?更新でもある。しかも中國衣料品業界の、國際市場で変化に対応する能力を保たなければならない。世界で服が被ることを嫌う消費者が増えているが、これが中國のアパレル製造業に大きな発展のチャンスを與えることに注目すべきだ。(筆者=丁剛?人民日報高級記者)
「中國網日本語版(チャイナネット)」2024年2月22日