當地の鄭和研究者の紹介によると、鄭和は七回に及ぶ遠洋航海のうち五回もマラッカ王國を訪問しており、マラッカ三代の國王と友好関係を打ち立て、マラッカを訪れるたびに、國王や大臣らの歓待を受けていたという。マラッカ王國は建國の當初から使者を中國へ派遣して救援を求めており、中國の明の皇帝は鄭和を派遣して大いに協力し、マラッカ王國を強勢に導き、東南アジアにおける重要な國際貿易港に育てあげた。
當地の鄭和研究者は、鄭和はマラッカ王國に対して少なくとも三つの貢獻があるとしている。
一、王城を造営し、隣國との関係を調停して友好を促し、経済発展に集中させた。
二、鋤や鍬などの農機具を送り、水牛を飼い慣らし、水稲栽培を教え、池でワニを養殖し、先進的な文化及び生産方式を伝播し、當地の原始的で立ち遅れた農業漁業様式を改革した。
三、鄭和は船隊の職人を率いて、マラッカに商業貿易橋を建造し、港務総監を推薦して商業を繁栄させた。また貨幣製造技術者に命じて、商業取引に用いるための中國銅銭式錫制貨幣を鋳造させた。
「チャイナネット」2005年7月1日