日本の小泉純一郎首相がアジア?アフリカ首脳會議で演説した時、日本の過去の侵略に対する「おわびの気持ち」を表した。日本の野黨である民主黨と社民黨の指導者は「小泉首相の態度表明がただ言葉の上だけにとどまるならば、まだアジアからの信頼を勝ち取ることはできない。小泉氏はもう靖國神社を參拝しないと明確に表明すべきである。そうでなければアジア近隣諸國の日本に対する不満が靜まることはないだろう」と論評した。こうした論評は核心を突いていると言える。なぜなら、歴史は人々に、政治家に対しては言葉を聞くよりまず行動を見なければならないと教えているからである。
1995年8月15日、日本の村山富市首相(當時)が有名な「村山談話」を発表したことを人々は覚えている。村山氏は日本の侵略行為がアジア諸國に多大の損害と苦痛を與えたことを認めた。村山氏は誠実な反省を表しただけでなく、また日本の若い世代に真実の歴史を教えることで、再び過去の過ちを犯さないようにすると表明した。村山氏によるこの談話はかつてアジア近隣諸國に深い感銘を與えた。だが誰もが頭に浮かべることは、村山談話は一部の日本の政治屋に拘束力がなかったことだ。その後、麻生太郎、安部晉三、江藤隆美、永野茂門などの一群の閣僚たちは依然として我が道を行き、靖國神社を參拝するだけではなく、侵略を繕う談話をたびたび発表している。小泉首相も4年連続して靖國神社を參拝した。その上、人々が気になるのは、小泉氏の演説は村山談話を基本的に踏襲したものであり、決してそれを踏み越えるものではないということだ。過去から學ぶべきことは、小泉氏の演説には歓迎すると同時に慎重に観察しなければならないということだ。
この20年間、人々は一種の珍現象に気づかないわけにはいかない。それは日本の右翼的な閣僚たちが歴史問題に觸れてしきりに「失言」をし、それに続けて陳謝するか辭職することだ。しかし失言や辭職の後、彼らの名聲はさらに大きくなるばかりでなく、しばらくするとまた復活することである。ここ數年來、ひどいのに至っては「失言」の後、辭職さえもせず、逆に次第に昇進することもある。これは、日本の右翼勢力には依然として支持される土壌があり、さらに日本の社會全體の右傾化が一層進んでいることを物語っている。このような社會の雰囲気の下で、より多くの票をすくい取るため、あるいは下落気味の人々の支持を上げるため、一部の政治屋たちは隣國人民の感情を傷つけることをいとわず、歴史を手のひらの中の練り粉に見なして思うままにもてあそんでいる。
世界人民反ファシズム戦爭勝利60周年記念の年に、小泉首相はようやく人々の待ち望んだ謝罪をした。するのが遅かったが、やはり歓迎に値する。しかし願うことは、日本が自ら心から真のざんげを行い、日本政府が「言った以上は必ず信用でき、行動には必ず結果が伴う」ようすることである。実際の行動を見せてこそアジア人民の信用を得ることができる。
「人民網日本語版」2005年4月26日