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現(xiàn)地在住の日本人女性が語る四川大地震 |
発信時(shí)間: 2008-05-22 | チャイナネット |
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5月12日の大地震が発生して、一週間以上経った。地震発生時(shí)、震源地近くにいた人たちはどんな「體験」をしたのか。18日(土)夜、CRI(中國國際放送局)の記者は成都市に住む日本語のボランティア教師?坂本靜子(広島市)さんにお話を伺うことができた。 坂本さんは2004年9月、地元ふるさとの姉妹都市である成都に、ボランティアの日本語教師として滯在することになり、広島成都中日友好會(huì)館にある日本語學(xué)校で教えている。四川大地震の前日、九寨溝でガイドをする教え子の招きで、成都からバスで九寨溝に向った。12日の地震発生當(dāng)日は、九寨溝で観光の途中だった。
記者 地震のとき、九寨溝はどのような様子でしたか? 坂本 九寨溝で揺れた時(shí)は、震度3か5ぐらいかなと思いました。しかし、どこが震源地かまったく分からなかったので、ホテルに戻り、テレビをつけてやっと分かりました。地震が起きた直後、方々で土煙が上がり、あちらこちらで土砂崩れがあったのではないかなと思いました。 私は日本で度々地震を體験しましたが、これだけの地震は初めてです。強(qiáng)さが分かりませんでしたが、山がくずれた時(shí)、これは異常事態(tài)だと思いました。 九寨溝では、観光バスが走っていましたが、私たちの後ろを走るバスは窓が大きく割れて、乗っていらした方がケガをするか、運(yùn)が悪ければ、亡くなったのではないかと思いました。その後、全員がバスに乗せてもらえなくなり、道路側(cè)と異なる道を歩いて入り口にたどりつきました。 |
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