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「遠慮なく言えば中國のコスプレが世界一」 |
発信時間: 2010-01-12 | チャイナネット |
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広東省東莞市で3日に閉幕した國際アニメ版権交易會で、最も観客に注目されたのがコスプレだ。周囲で見られるぬいぐるみよりも、コスプレの舞臺が獨創的で面白かった。「遠慮なく言えば國內のコスプレは日本を上回っている」と話すのは、漫畫?アニメ専門誌「漫友」の編集者で、金竜賞コスプレ全國コンテスト企畫者の余琳さんだ。 資料寫真:北京のコスプレ?ショー 中國のコスプレはグループがメイン 第1回國際アニメ版権交易會で契約された版権は約1億元を上回り、合わせて120本の版権取引額は82億元に達している。アニメ公演産業の一部として、ファッショナブルなコスプレはますます欠かせない一部である。 上海CGAや杭州のアニメ祭、金竜賞など國內の大規模なコスプレコンテストで司會者をしていた蔣慧さんは、世界の大會で各國のコスプレを見たことがあるが、グループをメインにした國內のコスプレは、歐米や日韓より優れていると感じている。しかし「個人のパフォーマンスでは歐米のコスプレイヤーのほうが國內よりも優れていて、日本と韓國は化粧やヘアスタイルに抜きん出ている」と蔣さん。 この違いについて蔣さんは、各國の文化の違いによることが大きいと考えている。他の國のコスプレグループは、數十人が一緒に舞臺に上がることはほとんどない。歐米は単獨の行動が多く、日本はグループでも2人か3人で、韓國でも多くても10人以下だ。こうした數は國內のグループでは最小の中に入る。 中國に來てコスプレを見る日本人 コスプレは歐米が起源で、日本アニメの急成長で日本で大々的に広まった。中國に入ってきたのは1993年。最初は香港で、漫畫同人グループがアニメ「銀河英雄伝説」に出てくる同盟軍の制服を自分で作って著たのが國內最初のコスプレイヤーだ。 2年後にはこうした形で臺灣に入ったが、コスプレの対象はゲームの中のキャラクターが主だった。大陸部に入ってきたのはそれより遅く、1998年に大陸部でアニメ展が開催されてから、個人のコスプレショーがたまに行われていた。 今では大陸部のコスプレグループはいたるところに出現している。人數の多い団體は數十あり、西南漫畫連合會のように団員がいくつかの省にまたがっていて數千人に上るものもある。しかし香港や臺灣のコスプレは當初の個人の楽しみにとどまり、ファッションや道具、パフォーマンスのレベルは大陸部より低く人數も少ない。 大陸部のコスプレがこれほど発展したのは、様々なコスプレコンテストのためだと余琳さんは感じている。大陸部のコスプレコンテストは2000年に始まり、アニメやゲームの會社が主催した。その後は上海や広州、杭州、北京の各地で頻繁にアニメ展が開かれる度にコスプレコンテストが開催され、コスプレグループが急激に増えた。余琳さんは、コスプレコンテストを見るために中國にわざわざ來る日本人もいるほどだと話す。 中國アニメもコスプレの対象に 大陸部のコスプレイヤーたちのモチーフも、日本のアニメやゲームだけではなくなっている。2008年初めに「漫友」雑誌社が主催した第4回「金竜賞」の全國コスプレコンテストでは、中國アニメを対象にしたチームに3萬元の賞金が送られるオリジナル?アニメ賞が特に設けられた。余さんは「『長安幻夜』や『零紀年』は、キャラクターがきれいでファッションが細かいため、多くの団體がコスプレしました」と當時を振り返る。「長安幻夜」と「零紀年」は「漫友」の漫畫作者である韓露さんと丁氷さんのオリジナル作品だ。 「チャイナネット」 2010年1月12日 |
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