このほど中日の釣魚島(日本名:尖閣諸島)を巡る爭いが激化している。國際法から論じれば、釣魚島が日本の領土でないばかりか、沖縄でさえ日本の領土ではない。
日本人の稱する沖縄とは、我々の先祖が呼ぶ琉球のことである。史料を紐解くと、14?19世紀の琉球は中國の藩屬國であり、約500年間に渡り明?清王朝に貢ぎ物を捧げていた。甲午戦爭(日本名:日清戦爭)前、日本は武力により琉球を占領した。清王朝は海戦に敗北すると、『馬関條約』(下関條約)に調印し臺灣を割譲し、琉球も手放した。その後100年余りに渡り、琉球は日本文化による影響を受けたが、歴史の根源や両地の交流から見れば、中國の琉球に対する影響の方が大きい。歴史の流れを振り返れば、琉球は日本固有の領土ではなく、日本が武力拡張により得た獲物である。
琉球の法的地位の変化について、『カイロ宣言』、『ポツダム宣言』、『サンフランシスコ講和條約』という3つの最も重要な國際公約がある。
『カイロ宣言』は1943年、日本が「盜み取った」(stolen)中國の領土を剝奪すると宣言した。釣魚島は日本に盜み取られたため、中國に返還しなければならない。1945年の『ポツダム宣言』には、「日本國ノ主権ハ本州、 北海道、九州及四國並ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルヘシ」と、より明確に定められている。