主要國はいずれも第二次大戦勝利70周年を祝う強い意向を示しているが、この意向はさまざまな政治およびイデオロギーの問題によって薄められている。これは危険な兆候だ。過去の戦爭における一部の犯罪國が、後ろめたい歴史を徹底的に清算していないからだ。
モスクワの戦勝記念パレードは、この意向が薄められていることを観察する、分かりやすい証拠をもたらした。多くの西側諸國の首脳の欠席は、世界が再び舊ソ連時代に戻ったというような幻覚をもたらした。あの時代であれば、彼らの欠席を怪しがる人はいなかっただろう。ロシアと西側諸國の過去1年以上に渡る衝突と対立は、この欠席の理由の一部を説明できるが、すべてを説明することはできない。第二次大戦勝利70周年という節目において、世界は一致団結するべきだ。70年前に、スターリン、チャーチル、ルーズベルトが共に座ったように。
ところが今や、國連の潘基文事務総長の出席さえも、一部の國からの妨害を受けるようになった。ドイツの首相は「微妙」な立場により、戦勝記念日の1日後にロシアを訪問し、烈士を偲ぶことになった。
西側諸國が第二次大戦の成果を疑問視することは當然ないが、彼らはロシアのウクライナに対する行為は挑発、公然たる修正主義であり、歐州が対ナチス戦勝後に確立した「國境を書き換えることも、領土をかすめ取ることもできない」という規則に背くという観點を明らかにしている。
ロシアにとって、軍事的?政治的利益の相互尊重は、ロシアと西側諸國の安定的な関係の礎である。これによって、冷戦が「熱戦」に変わることがなかった。この範疇內の対話を拒むならば、それは最も危険な修正主義的形式である。