子供を大學(xué)卒業(yè)させるまでにかかる費(fèi)用で家が買(mǎi)えると、多くの人がネット上で発言している。子供を育てるくらいなら、そのお金で生活レベルを上げたほうがいいと言うのだ。歳を取ったとき、もし年金制度が廃止されたら、子供に面倒を見(jiàn)てもらうことができない以上、自分で貯めたお金で老後を過(guò)ごせばいい。子育ては経済的負(fù)擔(dān)になるだけでなく時(shí)間的負(fù)擔(dān)も大きい。その時(shí)間は好きなことに費(fèi)やしたほうがいいと考えている。
西洋文化においては、子供は個(gè)人の私有財(cái)産ではなく、公共の財(cái)産とみなされている。「子育ては神様がくれたプレゼント」、「子育てができるのは神様が自分を信頼してくれたから」といった発想がある。18歳になると、子供たちは社會(huì)的に自立し始める。東アジアでは「子供は自分の私有財(cái)産」という発想があり、老後になるまで精魂込めて育てようとする。
西洋由來(lái)の社會(huì)福祉制度の健全性は、日本人の老後をある程度憂(yōu)いのないものにした。一方で、西洋文化の持つ子育ての観念はまだ根付いていない。その結(jié)果、親は子供に面倒をかけることを望まず、子供は親の面倒をみたいと思わなくなった。家庭的責(zé)任を負(fù)おうとせず、また人類(lèi)の社會(huì)的責(zé)任を負(fù)おうともしない人がますます増えつつある。
「中國(guó)網(wǎng)日本語(yǔ)版(チャイナネット)」 2013年8月23日