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lbxysyl.com |31. 05. 2021

在日ウイグル族青年が語る故郷?新疆

タグ: 新疆 日本

    パハルデイン?パルチさんは新疆ウイグル自治區(以下新疆)の省都ウルムチ(烏魯木斉)市で生まれ育ち、今は日本で働くウイグル族の青年だ。古里から遠く離れた東京で、彼はどのような生活を送っているのだろうか?!感陆埂弗Εぅ哎胱濉工筏肖筏袊H世論の俎上に載る今、パルチさんの生活に変わりはないのだろうか。

 

 

5月13日パルチさんは上野で東京支局の取材を受けた

 

   ひとり異郷で過ごす古里の祭日は、一層家族が懐かしく思えることだろう。5月13日、ウイグル族の伝統行事である肉孜節(斷食明け)の日に東京支局が取材を行った。 


來日4年の元留學生


   パハルデイン?パルチさんは今年25歳、來日してすでに4年がたつ。多くの中國の「90後」(1990年代生まれ)同様、パルチさんも小さい頃から日本のアニメや映畫を見て育った?!敢环盲胜韦稀喝共妗?。ハマっていた頃は登場人物の分析を書き留めたりもしていました。日本のホラー映畫も大好きですね。小さい頃は近所の子と一緒に『呪怨』を見ました。そうした文化的な影響があったからか、私は日本語がとても好きなんです。私にとって日本語は、きれいでおしゃれなイメージがあります。また、ウイグル語と日本語は同じ膠著語に分類されるので、ウイグル族の私にとっては學習しやすいという利點があります。そんな経緯で、大學は北京語言大學の日本語科を受験しました」と日本との縁を語った。


 北京語言大學の日本語科は日本の學校と提攜プロジェクトを結んでおり、學生は中國で2年間日本語を學んだのち日本に2年留學しても、卒業証明書と學位証明書を取得することができる。大學2年生の時に日本に短期訪問する機會を得たことが、日本留學を決めたきっかけとなった。


  「2016年に中日學生交流団體フリーバード主催のイベントに參加し、京都で1週間の交流を行いました。晝間は日本の若者と一緒に企業訪問をして學び、夜は中日交流の促進について討論を行うというものです。この1週間で得た京都の美食や禮儀正しい人々への印象がとても良かったので、日本に留學したいという思いが芽生えました」

 

 

セミナーの友だちと一緒に沖縄で卒業旅行

 

   17年3月、パルチさんは留學生として改めて日本の土を踏んだ?!溉毡兢未髮Wは中國と違って自分で家を借りるため、個人的なつながりはあまり多くなく、學校が組織するサークルもあまり充実していないため、當初はやはり少し寂しい思いをしました。そこで友達を増やすために、東日本大震災の復興を支援するボランティア団體のブレーメンズに參加したり、英語サークルで他の國の留學生と交流したり、中日関係の講座に申し込んだりといろいろやりました。そこで出會った友人には色々と助けてもらいましたが、特に茶道の先生はとても良くしてくれて、日本のマナーや習慣で分からないことがある時には、いつも先生に聞くようにしていました」と留學生活を振り返る。 


日本人の誤解に危機感


   しかし中國に好感を持ちパルチさんと親しくしてくれた茶道の先生でも、メディアが報道するいわゆる「ウイグル問題」の影響で、新疆についていささか誤解をしていたようだ。


  「私は19年3月に日本の大學を卒業したあと、6月に一旦帰國して北京語言大學の卒業式に參加し、1週間後日本に戻りました。茶道の先生にすぐ連絡ができなかったため、先生は私が新疆に戻ったあと、日本で報道されているように國外との連絡を絶たれて二度と出國できなくなっているのだ、卒業の時に日本で會ったのが最後になってしまったと悲しんでいたようです。再會した時にはずいぶん文句を言われました」と語る。


   こうした日本の友人たちの誤解を語る時のパルチさんの表情には、無力感が漂う。「私の帰國や出國に何の問題もなかったのに、みんながそれを疑うのです。そうした雰囲気は18~19年くらいから始まりました。新たに知り合った日本の友人は、私がウイグル族だと知ると『大変ですね』と異口同音に言います。どうも西側のメディアによる中傷やねつ造は、すでに事実として受け止められているようですね。同情や関心は私への慰めや支えのつもりなのでしょうが、私はそうした聲を聞くたびに疲労感を感じます」


 

 

2019年6月パルチさんは北京語言大學の卒業式に參加するために、一週間中國に戻った。家族と一緒に卒業記念寫真を撮った

 

   特に今年に入ってからは、西側のメディアが新疆綿のプランテーションでの強制労働という報道をし始め、「ウイグル問題」の議論に火を著けた。


  「新疆綿関連の誤報を見た家族は、私と同じように怒っていました。以前新疆で暴力やテロが起こった時に、新疆は危険だという負の印象を世界に與え、ようやく解消したと思ったら今度は『抑圧』の犠牲者とされてしまったのです。こんなことでは、新疆を外から見る人が『新疆はひどいところだ』というイメージを無意識のうちに刷り込まれても仕方がありません。自分の古里をこのように言われて腹が立ったり心を痛めたりしない人はいないはずです」と悲しみを語る。


   新疆を取り巻く國際世論が厳しさを増す今、パルチさんには使命感のようなものが生まれたようだ?!溉毡兢斡讶摔悉郅趣螭丧幞钎%ⅳ纹盲繄蟮坤筏姢皮椁骸⑿陆摔膜い粕瞍霗C會もありませんから、私はより多くの人々に真の新疆を知ってもらい、新疆が直面する世論の姿を変えるために何かする必要があると思っています。日常生活では周りの友人に新疆についていろいろ話をしたりしていますが、それにも限界があります。ですから私は、加入している中日青年産學連合會が主催する講演會で講演してもらいたいとお話をいただいた時に、またとない機會だと思いお受けしました」 


オンライン講演で真実語る


   4月29日、「在日の新疆ウイグル族青年が故郷を語る」というタイトルでオンライン講演會が行われ、200人近くが視聴した。パルチさんは自身の経歴を始め、寫真や動畫を見せながら、新疆に関心がある日本の人々に向けて今の新疆とウイグル族家族や友人の日常生活を紹介した。「ウイグル族は國外と連絡を取り合えない」というデマを打ち消すために、オンラインで家族にも講演に參加してもらった。


  「家族とオンラインで連絡が取れるのも、新疆の治安が安定しているからです。もしこれが5、6年前なら、新疆を分裂させようとする勢力や新疆獨立勢力が家族に報復措置を取るかもしれず、こうした試みもできなかったと思います。今後、右翼や新疆獨立勢力によって私の仕事や生活が亂されるという、最悪の事態に対する心の準備はすでにできています。しかしここで萎縮してしまうのは、私自身が後悔することになると思うのです」

実際、講演が行われたオンライン會議室には、パルチさんの講演が終わるとすぐに匿名で誹謗中傷のコメントが多く寄せられ、中には危害を加えることをにおわすようなコメントも見受けられた。

 

 

4月29日のオンライン講演會で、パルチさんはデマを打ち消すために、事前の連絡なしに、ウィーチャットで家族とビデオ通話した

 

  「しかしこうした行為は、新疆を中傷する噂を広めたのは自分だと露呈しているようなものです。私が話した事実が他人に知られれば、自分の主張が噓だということが分かってしまいますからね」とパルチさんはあっけらかんと語る。


   パルチさんの目に映る古里の新疆は、色とりどりで華やかだ。だから講演では友人の結婚式の動畫を公開した。素人撮影できれいに撮れているものではなかったが、新疆獨特の情熱的な雰囲気は十分に伝わった。新郎新婦の友人には少數民族も漢族もおり、色とりどりの服を著て歌い踴る様子が映されていた?!袱长违楗榨毪噬胜悉い摔庑陆扦?。BBCが取材する黒ずくめの姿の人など誰もいません。95%のウイグル族が家族と連絡を取れないという話が本當なら、こんな風に楽しく結婚式を祝うことなど當然できないでしょう?」 


多民族共生の地?新疆


   パルチさんが新疆の日常について語る際のキーワードは「多民族」だ?!杆饯韦肖斡讶摔摔蠞h族も回族もいます。昨年新疆で新型コロナウイルスが流行した時、外出自粛生活中のおばは友人と麻雀をしたりエアロビクスをして過ごし、その生活が終わったあとも運動は続けたため、結構なダイエットになったと言っていました。おばの回族の友人は割と裕福なので、自発的に新疆南部のウイグル族貧困家庭の脫貧困に手を貸していました。新疆最大の特徴は多民族の共生で、全ての民族が日常生活の中で自然に溶け合っているため、無意識のうちにそういうことができるのでしょう」


結婚式で各民族の友だちは一堂に集まり、楽しく踴って祝った。

   文化についても同様だとパルチさんは語る?!感陆摔膝Εぅ哎胝Zだけ、中國語とウイグル語の併用、中國語だけと3種類の學校があり、どの學校に通うかは自分で選択できます。私のいとこは併用の學校に通っていましたが、まずウイグル語だけの學校に通わせて母語の基礎をつけてから、中國語の學校に通わせるという選択をする親もいます。私は中國語の學校に通いましたが、家族との會話はウイグル語でした。私は小さい頃から、このような多元的文化の中で育ってきました」


  「私は広東省の新疆ウイグル自治區支援高等學校教育プログラムに応募し、広東省の高校に入學しましたが、入學當初同級生に『新疆って全部砂漠なの?』と聞かれたことがあるのです。そこで私は、新疆には金色に輝く砂漠だけではなく、緑の草原や真っ白な雪山、青い水をたたえた湖もあると説明しました。新疆はとても大きい上に內陸部の経済発展は遅れがちだったため、國外のみならず中國の沿海地域の人々も新疆のことをあまりよく知らないのだろう、とその時に気付きました。自分が當たり前だと思っていることを他人も知っているとは限らないのです」


   この高校時代の経験から、日本の人々の新疆に対する誤解も十分理解できるとパルチさんは語る。「東京では本物のハラルフードはめったに見られないので、食べたいと思ったら自分で作るしかありませんから、日本に來てから料理の腕がめきめき上がりました。中國ではウイグル族の伝統祝日に合わせて休みになりますが、日本の職場では、斷食のために休暇を取りたいと上司には言い出しにくいのです。多くの単一民族の國の人々は、新疆のように多民族が共生して、互いの文化を尊重し合うような情景を見たことがないのだと気付きました。私が聲を上げることで、新疆では多民族の共生は至って普通なことなのだと日本の友人に知ってもらえればと思っています」


いつか現地を案內したい


   しかし、講演の収穫は決して少なくなかったようだ?!福丛?9日の講演會のあと、カナダ在住の日本人からメッセージをもらいました。私の講演がとても印象深かったこと、將來機會があれば新疆に旅行したいとのことでした。こうしたメッセージをもらうととても元気付けられます。また、中國問題を研究する大學教授から連絡をもらい、いずれ一緒にテレビ番組に出演し、話をもっと広く伝えられるプラットフォームで真の新疆について紹介してほしいとも言われました」。將來の計畫について聞くと、パルチさんは笑いながら「私の講演を聞いたあと、少しでも新疆に対する偏見を払拭し、メディアで見る新疆が本當の新疆なのかと考えるようになる人がいさえすれば、私の話は価値あるものになります。ですから悪意あるメッセージなど怖くはありません。私はこうした活動を続け、新疆をより良くするために自分の力を盡くしたいと思っています」と決心を語った。


   來日4年目のパルチさんは日本の生活に馴染むとともに、家族が集まる祭日を迎えるたびに古里への思いが募るが、19年から始まった新型コロナウイルスの流行は中日両國間の人的往來に大きな障害となり、パルチさんもずっと帰國ができないでいる?!弗Ε)`チャットやビデオ通話で家族と連絡をとってはいますが、やはり會いたい。コロナが落ち著いたら、帰國して家族と一緒に中國のあちこちを車で回りたい。その時には日本の友達にも新疆に來てもらい、美しい私の古里や優しい人々を自分の目で見てもらいたい」。そう話すパルチさんの目は生き生きと輝いていた。(王朝陽=文)

 

人民中國インターネット版 2021年5月27日