米ジョージワシントン大學歴史學部のグレッグ?ブラジンスキー準教授は中國の歴史と文化に強い関心を抱く米國の青年學者だ。「間もなくインドへ行くのですが、インド大使館に著いて初めて、パスポートのページがもうすぐ足りなくなることに気づきました。全部中國行きのビザによるものです」----。ブラジンスキー氏は笑いながら中國語で話した。冷戦時の米國と東アジア諸國の関係を研究するブラジンスキー氏は06年以降北京、上海、無錫など中國の都市を何度も訪問しており、「裴闘虎」という中國名も持つ。
「私は中國の歴史にとても興味があります。特に注目しているのは近年中國で機密解除された外交文書で、これは私の研究を支えるものです」「私は今日の中國にも興味津々です。中國の発展は本當に余りにも速い。中國はわずか30數(shù)年で、これほど大きな成就を遂げた。世界の歴史において最も急速な発展であることは誰にも否定できません。私はとりわけ聡明で勤勉な中國人に敬服しています。今日の中國を築いたのは彼らです」と、ブラジンスキー氏は興奮気味に語った。
ブラジンスキー氏は、中國の経済成長は安定と繁栄をもたらしたと考えている。ブラジンスキー氏は「中國人と接觸する中で、私は中國の民衆(zhòng)がみな政府の政策を支持していることに気づきました」と指摘した。
一般の米國人の中國への印象については「肯定的な人もいれば、否定的な人もいます。これは正常なことですが、他の國や文化に対しては、誰しもができるだけバランスの取れた見方をすべきです」「最近、中國文化に興味を抱く米國人が増えています。中國は余りにも豊かな哲學?文化資産を持つからです」と述べた。
中國が平和発展路線を堅持していることについて、ブラジンスキー氏は「良い選択、良い政策表明だ」と指摘する。「中國は急速な経済成長を遂げている大國であり、一部の國、特にかつて中國と衝突した歴史を持つ國から懸念を抱かれるのは避けがたい。研究者として見ると、中國が最初に平和発展を打ち出したのは、実は1950年代に遡る。周恩來総理が1953年12月末にインド政府訪中団との會談で打ち出した平和共存五原則だ。現(xiàn)在、平和共存五原則は世界の大多數(shù)の國に受け入れられ、數(shù)多くの二國間條約で具體化されているのみならず、多くの國際條約?國際文書でも確認されている。當時中國が平和共存五原則を打ち出した背景には、周辺國との平和を保ち、國內の経済建設に集中する必要性もあった。現(xiàn)在、中國は再び平和発展路線を打ち出している。これは世界の平和と安定に寄與するものだ」----。
中米関係については「相互に依存する世界の中で、中米両國は不一致點を遙かに上回る利益を共有している。両國間のいくつかの問題は解決が可能だ」「私はハンチントン氏の『文明の衝突』論には賛成しない。ある國の臺頭が他の國の沒落を意味するとは思わない。中米は多くのチャンスを提供し合い、協(xié)力の中で共に多くの利益を得ている。多くの中國企業(yè)が米國で投資を行い、発展しているが、これは米國社會に多くの雇用を創(chuàng)出している」と指摘した。
「人民網日本語版」2011年2月25日