林國(guó)本
最近、中國(guó)の「國(guó)際文化出版公司」から出版された、高見(jiàn)邦雄著、中國(guó)語(yǔ)版「雁棲塞北――來(lái)自黃土高原的報(bào)告」(萬(wàn)里の長(zhǎng)城の外側(cè)――黃土高原からのレポート)を読んで深い感動(dòng)を覚えた。この本の著者高見(jiàn)邦雄さんは1971年、日中國(guó)交正常化の前に初訪中した人で、1992年から緑の地球ネットワークを立ち上げて山西省大同市の黃土高原で、植林事業(yè)に取り組み始め、地元の人たちとの交流をつづけながら、黙々と植林事業(yè)に取り組んできた日本人である。
高見(jiàn)さんがこの本の中で述べているように、この數(shù)十年來(lái)、中國(guó)は改革、開(kāi)放政策の実施によって、世人を驚嘆させる発展をとげた。今や次なる30年のスタート地點(diǎn)――第12次五カ年計(jì)畫(huà)の最初の年に入った。私見(jiàn)ではあるが、北京や上海などは、もう日本の東京とほとんど変わらないデパート、ショッピンモール、レストランがあるご時(shí)世であり、まだ現(xiàn)役の頃、日本の訪中団に隨行して中國(guó)の西北部に行ったことがあるが、その自然の厳しさには驚く以外になかった。それゆえに、自分が北京で仕事をし、東京にも仕事で長(zhǎng)期間滯在する人生を過(guò)ごしてきたことに大いに満足してきたし、また、発展途上國(guó)としての中國(guó)がいちはやく中程度の先進(jìn)國(guó)になることを願(yuàn)ってきた。しかし、これは願(yuàn)うだけではダメで、やはりすべての中國(guó)人がそのために努力しなければならないと思ってきた。
高度成長(zhǎng)期を體験した日本人の高見(jiàn)邦雄さんが、それこそもと朝日新聞の記者、本多勝一の「アラブ遊牧民」、「ニューギニア現(xiàn)住民」、「カナダ?エスキモー」(エスキモーは今ではイヌイットということになったらしい)という本に書(shū)かれているものとほとんど同じような厳しい環(huán)境で頑張り続けたことを知って、私はこの本の序言を書(shū)いた、元中國(guó)文部次官の劉徳有さんと同じように感動(dòng)した。