――中日交流の中で一番重要なのはどんなことかについて、西原先生は自分の経験を通じてどうお考えでしょうか。
日本と中國(guó)というのは特殊な関係で、福田元総理も日中関係は日本にとって大変重要な二國(guó)間交流の一つだと言った。アメリカとの関係も重要だが、中國(guó)との関係はもっと重要だ。中國(guó)はやっぱりお隣の國(guó)で、経済力、政治力が強(qiáng)くなっていることも含めて、アジアの中で大変重要な國(guó)だ。
2008年5月、胡錦濤中國(guó)國(guó)家主席が初めて來(lái)日されたとき、當(dāng)時(shí)の福田康夫総理との間に締結(jié)された『「戦略的互恵関係」の包括的推進(jìn)に関する日中共同聲明』は、単に日中両國(guó)が平和に共存するばかりでなく、両國(guó)が協(xié)力して、あるいはそれぞれの立場(chǎng)でアジアや世界の平和と発展に貢獻(xiàn)しようという共同の意思が明確に盛り込まれている。私はこれが非常に正しいことで、そうなるべきだと思う。
ところが、日中相互にやはりある種の誤解とか偏見(jiàn)がまだあり、それをだんだん取り除いていかなければいけない。日本人が中國(guó)にきて、中國(guó)の人と付き合い、中國(guó)の若者もできるだけ日本へ行って、今の日本の様子を見(jiàn)る必要がある。そういうような努力をして、誤解や偏見(jiàn)を解くのは大事だ。
――西原先生はアジア平和貢獻(xiàn)センターの理事長(zhǎng)として、アジア共同體の未來(lái)と中日両國(guó)の役割について、どうお考えでしょうか。
1995年から1998年まで、私は早稲田大學(xué)ヨーロッパセンターの館長(zhǎng)として、ドイツのボンに滯在したのをきっかけに、ずっとある問(wèn)題を考えていた。それはなぜヨーロッパ共同體ができたのか、なぜけんかばかりしたヨーロッパの國(guó)はお金を共通にして、同じ?jìng)悚蜗陇巳毪毪韦趣いΔ长趣馈1井?dāng)の理由が分からなければ、アジアがどうすべきか、結(jié)論が出ないからだ。三年間の調(diào)査を通じて、結(jié)論が出た。それはEUのような共同體は歐州特有の現(xiàn)象ではなく、人類社會(huì)の必然なのだということだ。
アジアにも「ヨーロッパ共同體」のようなものがいずれ必要になると私は思っている。科學(xué)技術(shù)の発達(dá)につれ、人、もの、お金、情報(bào)、技術(shù)、犯罪など様々なものが大規(guī)模に國(guó)境を越えて移動(dòng)するようになった。これに伴い、多數(shù)の國(guó)家間で複雑な利害対立が起き、これを解決するには、何らかの共通性のある地域が協(xié)力して、緩やかな協(xié)議から、だんだんと共通ルールを作っていく。それがだんだん強(qiáng)く、大きくなると共同體になる。こうした流れは必然の現(xiàn)象だとヨーロッパ滯在中に痛感した。
今、東南アジアには、10カ國(guó)の加盟による「ASEAN」があるが、だんだんと條件が整ったら、北東アジア、東アジア、そして、アジア、オセアニアへと発展することになるだろうと見(jiàn)ている。現(xiàn)段階は、何年までに共同體を作ろうという時(shí)期ではないが、歴史の成り行きでそうならざるを得ないことをまず認(rèn)識(shí)しておく必要があると指摘したい。まずは、條件が整ったところから、共通のルール作り、例えば、環(huán)境保護(hù)など、問(wèn)題ごとに取り組み、それをだんだんと広げていけば良いと考えている。
アジア共同體で、影響力の強(qiáng)い一つの國(guó)が指導(dǎo)的役割を演ずると誤解を招くので、複數(shù)の國(guó)が組んで、対等平等な立場(chǎng)で、一種の協(xié)議機(jī)関からスタートするのが一番現(xiàn)実的だと思う。ヨーロッパの場(chǎng)合、EU本部をベルリンかパリにではなく、ベルギーという第三國(guó)に置いたため、大成功したと思う。東アジア共同體の前段階に當(dāng)たる?yún)f(xié)議機(jī)関も事務(wù)所が必要な時(shí)は、決して北京と東京に置いてはいけない。日中両國(guó)はやはりマネージメントをやる有力な國(guó)だ。