深センと中國の対外関係とにはつながりがあるのか?當然ある。深センの30年の発展は革新を求める中華民族の精神の體現であり、偉大な戦略的選択の體現であり、今日の中國と世界との関係に歴史的な変化をもたらしたものなのだ。(人民日報海外版のコラム「望海樓」より)
深センの30年は中國の海外進出と対外関係を理解する上で極めて重要な意義を持つ。深センの戦略的選択への十分な理解なしに、將來の中國と世界の関係の行方を正確に把握することは困難だ。
われわれはいつも深センは改革開放の窓口だと言う。この窓口を開けるには勇気が必要だったし、さらに高みに立ち、遠くまで見渡す必要があった。トウ小平氏は當時深センと上海で「世界が中國に與える機會は非常に少ない。今回、われわれは1つの機會を得た。この機會をしっかりと捉えなければ、子孫と國に対して申し訳ない」と述べた。
機會とは、われわれが常に言う戦略的機會のことだ。30年前、深センは経済特區になった。當時米ソは覇権をめぐって激しく爭っており、この國際環境は中國に貴重な発展の好機を與えた。中國の指導者はこの好機をしっかりと捉え、改革開放の第一歩を踏み出した。中國は2050年に世界の中等先進國の水準に達し、ほぼ現代化を達成するというのがトウ小平氏の構想だった。この目標を達成するためには、経済建設を中心に據え、改革開放と平和的発展を堅持しなければならない。そしてこれら全てが、比較的安定した戦略的好機の期間を必要とするのだ。
2050年までまだ40年ある。われわれがどのように対外関係を処理し、國際的に重要な問題の解決に參與するかは、この戦略的好機の期間を得られるか否かに直接関わってくる。