どの國も発展の過程で波瀾に遭遇するのは普通のことであり、肝要なのは正しく向き合えるか否かだ。客観的に見ると、現(xiàn)在の日本にも歴史の教訓(xùn)を汲み取り、戦略的視點を備え、日本の長期的利益を考えることが真にでき、責(zé)任を擔(dān)う覚悟のある有識者が上から下までいる。だが問題はその數(shù)が少なすぎて、右翼勢力が波風(fēng)を巻き起こしている狀況を変えられないことだ。善は失ってはならず、悪は増長させてはならない。もし再び同じ過ちを繰り返したくないのなら、日本は歴史を鑑とし、現(xiàn)実を正視し、速やかに目を醒まさなければならない。こうしてのみ日本は真に軌道に乗り、國際社會の「びっこの巨人」役から抜け出すことができるのだ。
もちろん、「如何ともしがたく縮小し、思わず抑え込みに入っている」某國にも注意を促さないわけにはいかない。たとえ無意識的に水を差し、離間を図り、火中の栗を拾っているのであっても、このゲームは非常に危険だ。中國が今後長期間「実力を隠し、力を蓄えて好機を待ち、大きな成果を成し遂げる」との戦略方針を堅持することには何の疑問もない。だがこの方針は「柔の中に剛を包み、綿の內(nèi)に針が潛む」とたとえられるトウ小平氏の提出したものであり、中國は確固不動として自らの核心的利益を守るということを忘れてはならない。パンドラの箱をひとたび開ければ、某國が身を局外に置くのは困難だ。ばねはきつく押すほど、大きな力ではね返る。身から出た錆の味も相當(dāng)つらいものだ。協(xié)力すれば互いに利し、爭えば互いに傷つく。某國が時勢をよく推し量り、アジア太平洋の安定と繁栄に資することを行うよう希望する。
目下、周辺海域で紛爭が相次いで生じている。成長中の中國にとっては確かに大きな試練だ。何事もなければことさらに事を構(gòu)えないが、何事か起きても恐れない。われわれはもちろん、いかなる挑戦も恐れない。だが大きな知恵を持つ者は大きな勇気を持ち、「亂雲(yún)飛び渡りなお従容」に強者の本領(lǐng)が示される。混亂した局面を前に、われわれはやはり冷靜に観察し、沈著に対処し、常に中華民族の長期的、根本的利益に立って、戦略と方法を追求し、理に適った、力強い、節(jié)度ある問題の処理をすべきだ。そうではないか?
「人民網(wǎng)日本語版」2012年9月3日