1978年に中國(guó)で改革開放が始まった。だが改革開放について真に理解している人は當(dāng)時(shí)多くなかった。(文:陳言?日本企業(yè)<中國(guó)>研究院)
1980年代初めにはすでに少數(shù)の日本企業(yè)が中國(guó)に進(jìn)出した。當(dāng)時(shí)彼らが見たのは、長(zhǎng)安街を埋め盡くす自転車の列だった。それから30數(shù)年が経ち、すでに長(zhǎng)安街では自転車よりも自動(dòng)車が多くなり、外資系企業(yè)が主要都市に進(jìn)出し、中國(guó)経済の重要なパワーとなっている。改革さえあれば、今後35年間も生活は保証され、中國(guó)が発展の歩みを止めることはないと中國(guó)人は信じている。
先日閉幕した三中全會(huì)の発した最大のシグナルは、中國(guó)は改革を継続するということであり、改革の全體方針を打ち出せば問題の解決につながり、最終的に経済の持続的発展という目標(biāo)が達(dá)成される。外資系企業(yè)も新たな機(jī)會(huì)を得る。
■次の35年間の基礎(chǔ)を築く
2013年だけを見ても、両會(huì)時(shí)に推進(jìn)を開始した省庁統(tǒng)廃合、9月末に正式に設(shè)立した上海自由貿(mào)易実験區(qū)という具合に、行政制度レベルの改革はたゆまず前進(jìn)している。
三中全會(huì)の伝えた1つの重要なメッセージは、改革の全面的深化の重點(diǎn)は経済體制改革にあり、政府と市場(chǎng)との関係をうまく処理し、資源配分において市場(chǎng)に決定的役割を擔(dān)わせると同時(shí)に、政府の役割をより良く発揮することが核心的問題であるということだ。
今後數(shù)年または10數(shù)年、國(guó)は政府と市場(chǎng)との関係について重要な改革を行い、経済成長(zhǎng)モデルは地方政府を含む政府の主導(dǎo)から市場(chǎng)主導(dǎo)の方向へと転換し、民営企業(yè)、外資系企業(yè)はより多くの発展の余地を得る。制度面では上海自由貿(mào)易區(qū)が現(xiàn)在重要な改革の実験を行っている。