(五)戦爭(zhēng)賠償問題
日本は過去の中國(guó)に対する侵略戦爭(zhēng)で中國(guó)人民に大きな災(zāi)禍をもたらし、中國(guó)とその人民に巨大な損害を與えた。「前事を忘れず、後事の師とする」。われわれはこの痛ましい歴史を銘記しなければならない。しかしそれと同時(shí)に、あの戦爭(zhēng)を引き起こしたのは少數(shù)の軍國(guó)主義者であり、日本國(guó)民も戦爭(zhēng)の被害者であることを認(rèn)識(shí)すべきである。中國(guó)共産黨と中國(guó)政府は一貫して少數(shù)の軍國(guó)主義者と日本國(guó)民を區(qū)別してきた。1972年、中日國(guó)交正常化交渉の際、日本政府が過去の戦爭(zhēng)で中國(guó)國(guó)民に多大な損害をもたらした重大な責(zé)任を痛感し、深く反省すると明確に表明した。この前提の下で、中國(guó)政府は日本に対する戦爭(zhēng)賠償の要求を放棄することを決め、これを1972年に中日両國(guó)が調(diào)印した『中日共同聲明』に明記した。1978年、中國(guó)第5期全國(guó)人民代表大會(huì)常務(wù)委員會(huì)第3回會(huì)議で可決された『中日平和友好條約』は再度法律文書の形で我が國(guó)の対日戦爭(zhēng)賠償要求の放棄を確認(rèn)した。中國(guó)政府は戦爭(zhēng)賠償問題に関する立場(chǎng)は一貫して明確であり、それは即ち『中日共同聲明』で表明した対日戦爭(zhēng)賠償要求の放棄を堅(jiān)持し、『中日平和友好條約』で承諾した國(guó)際條約上の義務(wù)を引き続き履行することである。しかし、それと同時(shí)に、中國(guó)に遺棄された日本の化學(xué)兵器、中國(guó)人女性を強(qiáng)制的に日本の中國(guó)侵略軍の従軍“慰安婦”として連行したこと、中國(guó)労働者を強(qiáng)制連行したなどの問題に関しては、中國(guó)政府は人民の正當(dāng)な利益を擁護(hù)する立場(chǎng)から、日本側(cè)に真剣な対応と適切な処理を求めている。