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釣魚島が古來中國領であることを國家図書館所蔵の數々の歴史文獻が証明

釣魚島が古來中國領であることを國家図書館所蔵の數々の歴史文獻が証明。

タグ: 釣魚島

発信時間: 2012-09-18 14:09:34 | チャイナネット | 編集者にメールを送る

中國國家図書館は本日「本館所蔵釣魚島関連文獻説明會」を開き、釣魚島とその付屬島嶼(日本名?尖閣諸島)に関する精選の古籍、地図、新聞?雑誌などを報道陣向けに展示した。數々の歴史文獻は釣魚島は中國が最も早く発見、命名、利用し、かつ長期間管轄したことを証明している。人民日報海外版が伝えた。

■釣魚島は中國が最も早く発見、命名、利用した

展示資料の中でも、中國と琉球の海上境界を記した中國政府側の最も古い文獻である『使琉球録』が注目される。

明朝洪武5(1372)年、太祖?朱元璋は楊載を琉球に使節として派遣し、即位と建號を詔告するとともに、察度を琉球王に冊封した。以來、琉球王はみな中國皇帝の冊封を受けた。中國の明清両朝廷は琉球王國に冊封使を計24回派遣した。その殘した數々の『使琉球録』は冊封使の琉球での見聞だけでなく、釣魚島とその付屬島嶼が中國の版図に屬するという歴史的事実も記録している。

釣魚島について記した現存最古の史籍は明朝永楽元(1403)年の『順風相送』だ。陳侃『使琉球録』(1534年)は、中國と琉球の海上境界を記した現存最古の中國政府側の文獻だ。同書は「釣魚嶼、黃毛嶼、赤嶼を次々と通りすぎ、見る暇もないくらいだった。??????古米山が見えた。これは琉球に屬するもので、夷の人は舟上で歌い踴り、故郷への到著を喜んでいる」と明記している。當時の琉球人は釣魚島列島を過ぎ、久米島(姑米山とも。現在の沖縄の久米島である)に至って初めて自國に戻ったと考えていたのであり、釣魚島は中國の版図內だったのである。

夏子陽『使琉球録』(1606年)、汪楫『使琉球雑録』(1683年)、徐葆光『中山伝信録』(1719年)所収「琉球三十六島図」及び「琉球地図」、周煌『琉球國志略』(1756年)、潘相『琉球入學聞見録』(1764)、李鼎元『使琉球記』(1802年)も全て釣魚島が中國領であることを記録している。

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