前回のブログで中國(guó)の高速鉄道、いわゆる中國(guó)版新幹線についてその技術(shù)の問(wèn)題點(diǎn)などを指摘しましたが、昨日からもっと「わかりやすい形」でその問(wèn)題點(diǎn)が顕在化してしまいました。上海北京間の新幹線ではありませんでしたが、中國(guó)浙江省で23日に発生した高速鉄道列車(chē)衝突?脫線事故です。
車(chē)両のハードウェアの問(wèn)題はまだ原因究明が必要ですが、運(yùn)営面でのソフトウェア的なトラブルが問(wèn)題だったと指摘されていますね。報(bào)道をみるかぎり、死傷者も數(shù)百人に登りまして、かなりの大慘事であります。うーむ、居た堪れないです。
さて、今回のテーマは、テレビです。
ついに?。?!
昨日24日正午に、日本のテレビのアナログ放送が終了しました。1953年の日本放送協(xié)會(huì) (NHK) のテレビ放送開(kāi)始以來(lái)、日本の歴史を作ってきたとも言えるアナログ放送でありました。その社會(huì)的存在は、ラジオや新聞といったマスメディアよりもはるかに影響力を持ち、司法立法行政に並ぶ「第四の権力」の中樞に位置するまでの地位にのぼりつめていました。
市民に手軽なエンターテイメントという娯楽の時(shí)間を與えた一方で、その弊害は、他の三つの國(guó)家権力と異なり、行政機(jī)関に屬していないために、いわば暴走的ともいえるポピュリズムを生み出す源泉ともなってしまいました、そしてそれがしばしばし批判の大賞となってきました。
ここ近年では、衛(wèi)星放送?ケーブルテレビも普及し、デジタル放送が開(kāi)始され、多チャンネル時(shí)代に突入し、また市民はテレビ以外からの情報(bào)取得としてパソコンを使ったインターネットも普及し、一般市民はそれまで「時(shí)間と情報(bào)源泉を獨(dú)占していた」アナログ放送の數(shù)チャンネルの地上波テレビの呪縛から解き離れつつありました。そして、ついには、24日にその「本丸」、アナログ放送が終了となったのです。(運(yùn)営面では、多チャンネル化?情報(bào)取得源泉の多様化の流れがこれまでにありましたので、技術(shù)的なアナログからデジタルへ、ということではなく、とくに都市部では、市民感覚としてはすんなりと移行できたようなところもあるのではないでしょうか。)
さて、この「終了」以降の影響を考えます。
マスメディアとしての映像媒體の1つたる、テレビの役目が終わることはないですが、市民の情報(bào)取得源泉の多様化により、「第四の権力」の中でも中核を擔(dān)い、また獨(dú)占的な地位を占めた組織(大手マスコミ)の力が低下するということは非常に公正な狀況になっていくことが期待されますね。
しかし、さらなる怖いシナリオも考えられます。