終戦66年が経ちました。
各自それぞれ思いはあるでしょう。
毎年この時(shí)期を迎えるけど、今年ほど戦後に対して改めて関心をもった人も少なくないのではないでしょうか。
3月の大地震が日本人に與えた打撃は想像を超えるものでした。恐怖、悲劇、絶望。
戦爭(zhēng)時(shí)代に體感した昔の人達(dá)はこのような心情で生きてきたのではないでしょうか。。
『戦爭(zhēng)は悲慘。人を殺すというのは悲慘そのもの』
『無謀な間違った戦爭(zhēng)』
これは日本人戦爭(zhēng)體験者の方が仰った言葉です。
二度とこのようなことを起こしてはいけない。みんなが願(yuàn)っているはずです。
起こすなんてありえないという世の中を作る。
起こすと地球自體が持ちこたえられなくなります。
僕ら日常に生きている人間がいかに命の尊さ、平和の尊さを感じながら生きていけるか。そうすることで平穏で安全な世の中が作れるのでは。
そのようにも感じます。
僕はあの時(shí)代を生きてきた人間ではありません。
だからこそ、今あの頃に関して『知りたい』という思いが強(qiáng)くなっています。
今が平和だから、學(xué)びたいんです。
今年は日本の大震災(zāi)、中國での鉄道事故など辛い事がたくさん起きました。
不幸を治す薬は希望しかありません。
僕一人の思いやりは、1本のろうそくのようなものです。
全ての人達(dá)がろうそくを燈せば、夜もたちまち明るい晝に変わる。
希望がある。
身近な人を大事に
友達(dá)を大事に
パートナーを大事に
そして、全ての人の命を大事に。
みんな心の底に感じている思いがあります。
人を気遣い、人を思いやる気持ちが今の時(shí)代に重要ではないでしょうか。
そうすれば、不幸を最小限にすることができるのではないかと思います。
自分で「いける!」と思えばまだ希望はある。
一人一人がそれを持ち続けること。
平和は力では築かれません。
わかりあえることでしか平和は達(dá)成できない、ということだと思います。。
「中國網(wǎng)日本語版(チャイナネット)」 2011年8月23日
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