“平和の花” 紫金草(しきんそう)物語
彼女の通訳人生の中で最も印象に殘るエピソードがある。以前、放送局で一緒に働いていた日本人スタッフ坂東弘美は、父親が戦爭中に中國へ出兵していたため、自分の父親世代が戦爭に関わったという罪の意識をどこかで感じていた。自分たちの世代は歴史を忘れず、平和な時代を築いていく責任があると常に考えていた。坂東を通じて彼女が知ったのが、紫金草の花にまつわるエピソードである。
戦爭中、日本軍の衛生材料廠の責任者だった山口誠太郎という日本人が、荒廃した南京の紫金山周辺に咲く花の種を日本へ持ち帰ったことからすべてが始まる。この花は中國で“二月蘭(アー?ユエ?ラン)”と呼ばれる花で、日本でも“ムラサキハナダイコン”の名前で知られる紫の可憐な花をつける菜の花の一種である。自らが戦爭に関わったことへの後悔、そして戦爭で奪われた尊い命を追悼し、山口は南京の紫金山にちなんで「紫金草」と名付け、花の種を日本に持ち帰り、このエピソードに共感した多くの人々とともに、日本全國で平和の花として育て、見事な花を咲かせたのである。
今でも彼の意思を継いだご家族や仲間が、花に託された思いを伝える活動を全國に広めている。このエピソードを聞いた王小燕はどうにかしてこの活動を多くの人に知ってもらえないかと思い、CCTVの人気トーク番組「実話実説」の番組スタッフにコンタクトをとった。早速、スタッフから関係者を取材したいと快諾の返信をもらい、このプロジェクトでも通訳として制作現場に関わることになる。番組の企畫段階から関わることができただけでなく、言葉というツールで中日間の架け橋となることができ、彼女にとっても忘れ難い経験となった。
中國語対訳:
“和平之花”紫金草的故事
提到翻譯生涯中最難忘的一次同傳經歷,她說:“我以前有一位日本同事名叫坂東弘美,她父親曾參加過侵華戰爭,她認為對于父輩們的罪行,自己這一代人有責任去銘記歷史、代為償贖,將和平延續下去。通過坂東,我了解到了紫金草的故事。二戰期間,一位名叫山口誠太郎的日本陸軍材料廠廠長,在南京大屠殺發生的第二年去南京視察工作,他看見腳下被野狗刨出的中國士兵的尸體,看見昔日的六朝古都如今滿目瘡痍。深受觸動的山口,從南京的紫金山下采集了紫蘿卜花‘二月蘭’的花籽帶回日本,并為之取名‘紫金草’。為表達對侵華戰爭的懺悔,祭奠在戰爭中慘遭屠殺的人們,幾十年來,越來越多的人了解了這段故事并為之打動,他們與山口誠太郎一起致力于普種此花,宣揚和平,終于使‘紫金草’開遍了日本列島。1966年山口誠太郎辭世前特意囑咐兒子,要將自己寄托在花中的思緒廣為傳播,銘記那段歷史。我想能不能有一個渠道,讓更多的國人知道這段故事,便向當時收視率很高的央視節目《實話實說》節目組寫郵件推薦了這個選題。很快得到節目組的回信,表示愿意采納,他們請來了坂東弘美、山口裕等人錄制了一期節目,我也順理成章地擔任起同聲傳譯的工作。對我而言,這是一次至今難忘的經歷,能夠親身參與到節目的策劃,并用語言這個工具架起了中日民間溝通心靈的橋梁,我感到無比充實。”