「常在戦場(chǎng)」「田の草取り」などの言葉が示す如く、職業(yè)政治家の最大の眼目は我が身の就職活動(dòng)であろう。「私は當(dāng)選するために粉骨砕身します」といえば正直でよろしい。ただし、命を懸けるなどとは言うべきでない。
メシを食うために職業(yè)政治家たらんとする。當(dāng)選したものの命を失うようなことになっては本末転倒。実際、かつて參議院全國(guó)區(qū)は殘酷區(qū)といわれ、當(dāng)選後に彼方へ旅立たれた方もおられたのである。
「竜馬の如く」、「晉作のように」、「船中八策」などなど時(shí)代錯(cuò)誤の言葉を?yàn)E用するのは見苦しい。小人物の英雄気取りほど怪しく不遜にして嫌味なものはない。本人の紹介狀を持っておいで!
維新の政治が、結(jié)局大正時(shí)代のデモクラシーの芽を摘み取り、昭和の15年戦爭(zhēng)に突っ走った根源である。まともに歴史を勉強(qiáng)したこともない方々の情緒的なロマンティシズムを煽るのは煽動(dòng)者である。剣呑である。
任せておいて、裏切られて、踏みつけられて、いかに悲憤慷慨しようとも、客観的には、それは大衆(zhòng)の一人としての自分が播いた種である。「安心」の中身が暴露されたところに、政権交代の大いなる意義がある。本當(dāng)に。
奧井禮喜氏のプロフィール
有限會(huì)社ライフビジョン代表取締役
経営労働評(píng)論家
日本労働ペンクラブ會(huì)員
OnLineJournalライフビジョン発行人
週刊RO通信発行人
ライフビジョン學(xué)會(huì)顧問 ユニオンアカデミー事務(wù)局
1976年 三菱電機(jī)労組中執(zhí)時(shí)代に日本初の人生設(shè)計(jì)セミナー開催。
1982年 獨(dú)立し、人と組織の元?dú)荬蜷_発するライフビジョン理論で、個(gè)人の老後問題から余暇、自由時(shí)間、政治、社會(huì)を論ずる。
1985年 月刊ライフビジョン(現(xiàn)在のOnLineJournalライフビジョン)創(chuàng)刊。
1993年 『連帯する自我』をキーワードにライフビジョン學(xué)會(huì)を組織。
2002年 大衆(zhòng)運(yùn)動(dòng)の理論的拠點(diǎn)としてのユニオンアカデミー旗上げ。
講演、執(zhí)筆、コンサルテーション、インターネットを使った「メール通信教育」などでオピニオンを展開し、現(xiàn)在に至る。
高齢?障害者雇用支援機(jī)構(gòu)の「エルダー」にコラム連載中。
?中國(guó)網(wǎng)日本語(yǔ)版(チャイナネット)? 2012年7月4日