先だって、東京?立川市の都営アパートの部屋で、95歳と63歳の母娘の遺體が見つかった。認知癥の母親を介護していた娘が病死し、世話してくれる人がいなくなった母親も連鎖的に孤獨死したと思われる。超高齢化社會の日本では、こうした孤獨死のニュースが後を絶たない。國民の間でもそれほど驚く事件ではなくなっている。?日本新華僑報?が伝えた。
厚生労働省が2011年に公開したデータによると、獨居高齢者が誰にも看取られることなく自宅でひっそりと逝く「孤獨死」は増加する一方で、東京24區(qū)だけで年間2,718件と、7年前の2倍になっている。この數(shù)は歐米諸國を大きく上回るものである。「文明國」「先進國」であるはずの日本で、なぜこれほどの孤獨死が起こり得るのだろうか?
これは、日本の社會福祉や社會保障の制度に問題があり、障害者や高齢者への全面的な配慮や支援に欠けていることを示している。さまざまなケースがある「孤獨死」だが、ある共通點がある。それは、死亡した人のほとんどが障害者あるいは高齢者といった典型的な社會的弱者だということだ。社會保障制度の恩恵を受けるべきこうした人々が、充分な保障を受けられないばかりか、明日の生活にも事欠くほどの人も少なくない。このような人々が病気にでもなれば悲慘である。高額の醫(yī)療費を払えないため、醫(yī)者に掛かろうとしない。それで治ればよいが、治らなければ常に死と背中合わせの日々を送るはめになるのだ。